原発は廃止するべきなのか?

原発は廃止するべきかどうか

2011年に発生した東日本大震災は日本のみならず世界中の人々に衝撃を与えました。

福島第一原子力発電所の事故によって、人類は原子力発電所はこれまで想定されてきたテロや敵国からのミサイル攻撃といった人為的攻撃が発生した場合ではなくとも、原発はメルトダウンを起こし放射能が大地を汚染してしまうことを思い知ったのです。

現在でも現場ではアトックスなどの企業が廃炉に向けて頑張っています。

しかし全ての人がこの事故を教訓とした訳ではないようです。

日本は着々と原子力発電の再開を始めている

2018年3月23日、九州電力が玄海原子力発電所3号機を再稼働させるなど、日本は着々と原子力発電の再開をはじめています。

こうした政府と電力会社の姿勢に地域住民や活動家たちが抗議デモを起こすのも無理はありません。

自民党は原子力発電所の再稼働に関して安全性の見直しを行った新基準に基づいているので大丈夫だと主張していますが、国民不在の状態で再稼働ありきで作られた新基準で安心しろと言われて安心できる人間が、あの大震災を経験した日本人の中にどれだけいるでしょうか?

たとえば新基準では原子力発電所から半径30キロ圏内の自治体には避難計画作りが義務づけられていますが、その避難計画が十分な内容であるか第三者がチェックする仕組みは用意されていません。

メルトダウンはかつての公害などと違い、周辺地域に住んでいる人間だけが被害を被る問題ではなく、ひとたび起きれば日本に住む全ての人間に深刻な影響を与える「国民的問題」です。

であるにも関わらず、安全性に関して最善を尽くそうとしない政治家、官僚の姿勢は理解に苦しみます。

その一方で「構造改革なくして景気回復なし」などのワンフレーズポリティクスの申し子として知られる、小泉純一郎元首相や小池百合子東京都知事らが主張する「脱原発」にリアリティがないのも事実です。

小池都知事は2017年の選挙公約に「2030年までに原発ゼロ」を打ち出していますが、発電所の建設には事前の環境調査だけでも数年かかりトータルでも5年以上の期間を必要とする一大事業です。

日本全国の原子力発電所の代替電力を供給するだけの火力発電所を人手不足の日本で一斉に建設しようとすれば、間違いなくそれ以上の期間が必要になるでしょう。

そして無茶な工期を達成するために安全性が犠牲になってしまえば本末転倒です。

「脱原発」の志自体は決して間違ったものではありませんが、具体的な工程表や試算も用意せずにただ「危険な原子力発電所はなくします」と演説するのは選挙で票を獲得するためのパフォーマンスとしか受け取れません。

筆者は原子力発電所の周囲に住んでいるわけではないけれど、もしも最寄りの原子力発電所がメルトダウンを起こせば放射能汚染の影響を受けるであろう首都圏在住者です。

2011年の東日本大震災では政治家や官僚が住むエリアが「計画停電対象外地域」に指定されるのを尻目に、電力の供給を停止され冷蔵庫の中身がダメになってしまわないかと心配した経験もあります。

つまり「放射能汚染の怖さ」と「十分な電力が供給されない不便さ」の両方を知る人間です。

原発は廃止すべきであると明確に規定するべき

そうした経験を踏まえた上で、それでも筆者は「原発は廃止すべきである」と主張します。

もちろん筆者もこれから10年以内に原子力発電所が廃止できるとは思っていません。

本音を言えば近い将来に起きると言われている東海大地震までには、首都圏に大きな被害を与える可能性がある浜岡原子力発電所だけでも廃炉してほしいと考えていますが、現実的にはこれすら難しいのでしょう。

しかし道のりが困難だからといって「じゃあ原子力発電を続けるのは仕方ないね」と考えてしまうようでは、自民党と電力会社の思う壺です。

道のりが困難でも、いや困難だからこそ最終的なゴール地点がメルトダウンの危険がある原子力発電の廃止であることを明確に規定するべきなのです。

私たちの世代はあの東日本大震災で受けた絶望感、恐怖感を忘れること一生ないでしょう。

けれど東日本大震災以降に生まれた子供たちはメルトダウンの恐ろしさを知りません。

新たな世代は「今のところ大丈夫だから」と原子力発電によって維持される社会を黙認することに疑問を持たないでしょう。

そして日本人特有の事なかれ主義は電力会社の慢心を助長し、利益最優先の資本主義社会に浸りきった経営陣は「コストダウン」の大義名分の下に安全体制の箍を緩ませるのです。

安倍首相は2020年までに憲法改正を行い、歴史に自分の名を刻むことにご執心の様子ですが、自衛隊を海外派兵させるための言葉遊びに夢中になる暇があるのなら「内閣総理大臣は日本国民の安全と健康のため、過去の事故で命を落とした全ての犠牲者のために代替エネルギーの開発を促進し、原子力発電所の廃止に向けて努力する義務を負うものとする」の一文を加えて欲しいと思います。

原子力発電の廃止は困難を極め、あるいは私たちが生きている間には達成することは出来ないかもしれません。

けれど私たちの頑張り次第で孫が安心して生きられる世界は作れるはずです。